Laboratory for Flow Control-Fluid mechanics experiment for science & technology-

USRの開発と応用

「レオロジーとは流動を除いた物質の変形に関する科学である.」ある研究者はレオロジーについてそう説明しています.これは,レオロジー物性の計測に標準的に使われるトルク式レオメータにおいて,極めて理想的なせん断変形を想定していることに起因します.この条件を満たすために1mm程度の非常に薄い流体層が用いられますが,多くの場合でその条件が破綻します.理由としては,検査面での滑り,歪み速度の不連続面が生じるシェアバンディング,試験流体の弾性に起因する不安定性,および流体の不均一性などが挙げられます.

 私たち流れ制御研究室では,気泡を用いた摩擦抵抗低減に関する研究の一環として気泡懸濁液のレオロジー物性評価を試みる中で,それを行うための適切なツールが存在しない問題に直面しました.超音波スピニングレオメトリ(USR)のアイディアはそのような過程で見出されました.なお,同様の速度分布情報を補助的に用いて既存のトルク式レオメータの問題を緩和する方法も提案されていますが,USRは本質的にそれらとは異なります.
計測原理:USRでは,円筒形の容器に試験流体を満たし,それを一定の周波数と振幅で振動させることで物性評価を行います.振動は円筒側壁から内部流体へとその局所物性を反映して伝播します.図1に示すように,歪み速度は半径方向に分布するため,半径方向速度分布の時間変化は流体のレオロジー物性を反映します.ここで,内部流動が周方向卓越かつ軸対称流れだと仮定できる場合,その流れはコーシーの運動方程式

ならびに流動と剪断応力の関係を記述する構成方程式

により支配されます.円筒内の流動は上記方程式の解となるべきで,原理的に何らかの方法で取得した速度情報を上記方程式に代入することで,レオロジー物性を逆算的に推定可能です.USRでは,超音波流速分布計(UVP)を速度分布計測ツールとして用います.この計測手法では計測線方向の速度成分がその線に沿って計測されますが,流れの軸対称性により,簡単な演算で周方向速度の半径方向分布に変換可能です.

位相差法[1]:USRでは2つの解析方法が提案されており,位相差法はその一つです.実際の速度分布計測では,得られた情報に計測ノイズが含まれることが避けられません.そのような速度情報を上記の式に代入した場合,差分計算によりノイズが増幅されてしまいます.これを回避するために,位相差法では速度変動のフーリエ変換により抽出した振動の位相差を用います.ニュートン流体の場合,位相差の局所半径方向勾配は,粘度により一意に決まります.この方法では,種々の粘度に対して解析解から算出した位相差勾配との比較により,局所実効粘度を求めます.歪み速度の実効値もまた,速度分布情報から得られるため,振動周期程度の瞬時粘度曲線が得られることになります.これは,ずり減粘など非ニュートン粘性を瞬時値として表すことができます.

線形粘弾性解析[2]:上記の位相差法による実効粘度評価は,試験流体が粘弾性を持つ場合に無視できない誤差が生じます.これを評価する方法として線形粘弾性解析が提案されました.解析には,局所マックスウェルモデル

が用いられます.ここで,粘性係数𝜇と弾性率Eはそれぞれ,歪み速度の関数として半径方向に分布を持ちます.数値差分による計測ノイズの増幅を防ぐため,解析は周波数空間で行います.運動方程式およびマックスウェルモデルをフーリエ変換した式,

に計測の結果得られた速度分布のフーリエ係数を代入します.粘性係数と弾性率は,以下の費用関数を最小化する数値として決定されます.

実際の解析では,弾性率の代わりに線形粘弾性の位相,

が用いられます.

適用範囲と応用例:計測原理から考えられるUSRの優位点は,

  1. 不均質流体または混相流体への適用
  2. レオロジー物性の瞬時評価
  3. 流れで観察されるレオロジー物性の定量化
  4. 非定常せん断の影響評価

です.図2は,おかゆに消化酵素であるアミラーゼを加えた場合の加水分解の影響を,瞬時粘度曲線の時間変化として捉えたものです.粘性に対する計測可能範囲は側壁面に形成される粘性層厚さによって決まり,UVPの計測限界も加味すると,その範囲は動粘性係数でO(1 mm2/s) から O(103 mm2/s)となります.これらの適用範囲から,USRは既存のトルク式レオメータに対して相補的関係にあることが分かります.USRによる計測の妥当性はすでに評価されており[3,4],下記の計測対象に適用されてきました.

  1. 気泡,粒子,液滴の懸濁液[1,2,5,6,7]
  2. 食品[2,8,9,10]
  3. 複雑な高分子溶液[4,11,12]

ここで評価されるレオロジー物性には,振動回転円筒内に形成される非定常流動が反映されています.よって,理想的にはこれらの物性から様々な系での非定常流動が再現されるはずです.JSTの「さきがけ」で採択されたプロジェクトでは,USRにより得られた物性から流れの再現や予測を試みています[12].

 USRのアイディアは産業応用も広がっており,新たな計測原理や機器が提案されています,レオロジー物性の非侵襲インライン評価方法[13]や,可搬型USR[14]がその例です.

参考文献

  1. Y.Tasaka, T.Kimura, Y.Murai “Estimating the effective viscosity of bubble suspensions in oscillatory shear flows by means of ultrasonic spinning rheometry” Exp. Fluids, 56 (2015) 1867.
  2. Y.Tasaka, T.Yoshida, R.Rapberger, Y.Murai “Linear viscoelastic analysis using frequency-domain algorithm on oscillating circular shear flows for bubble suspensions” Rheol. Acta, 57 (2018) 229–240.
  3. T.Yoshida, Y.Tasaka, Y.Murai “Rheological evaluation of complex fluids using ultrasonic spinning rheometry in an open container” J. Rheol., 6 (2017) 537-549.
  4. T.Yoshida, Y.Tasaka, Y.Murai “Efficacy assessments in ultrasonic spinning rheometry: Linear viscoelastic analysis on non-Newtonian fluids” J. Rheol., 63 (2019) 503-516.
  5. T.Yoshida, Y.Tasaka, Y.Murai “Effective viscoelasticity of non-Newtonian fluids modulated by large-spherical particles aligned under unsteady shear” Phys. Fluids, 31 (2019) 103304.
  6. T.Yoshida, Y.Tasaka, P.Fischer, Y.Murai “Time-dependent viscoelastic characteristics of montmorillonite dispersion examined by ultrasonic spinning rheometry” Applied Clay Science, 217 (2022) 106395
  7. 大家,芳田,朴,田坂,村井「超音波スピニングレオメトリを用いた過渡的変化を伴う実効粘度の評価(分離を伴う水油混合液への適用)」日本機械学会論文集,86 (2020) 20-00242
  8. T.Yoshida, Y.Tasaka, P.Fischer “Ultrasonic spinning rheometry test on the rheology of gelled food for making better tasting dessert” Phys. Fluids (Special topic: Food and Fluids), 31 (2019) 113101.
  9. K.Ohie, H.Chiba, S.Kumagai, T.Yoshida, Y.Tasaka “A method for evaluating time-resolved rheological functionalities of swallowed foods” J. Texture Studies, 53 (2022) 445-452.
  10. 高野,大家,堀本,田坂,村井「超音波流速分布計を用いたスキムミルク凝乳過程の経時レオロジー物性評価」日本機械学会論文集,88 (2022) 22-00115.
  11.  K.Ohie, T.Yoshida, Y.Tasaka, Y.Murai “Effective rheology mapping for characterizing polymer solutions utilizing ultrasonic spinning rheometry” Exp. Fluids, 63 (2021) 40.
  12. K.Ohie, T.Yoshida, Y.Tasaka, M.Sugihara-Seki, Y.Murai “Rheological characterization and flow reconstruction of polyvinylpyrrolidone aqueous solution by means of velocity profiling-based rheometry” Exp. Fluids, 63 (2022) 135.
  13. Y.Tasaka, T.Yoshida, Y.Murai “Non-intrusive in-line rheometry using ultrasonic velocity profiling”, Ind. & Eng. Chem. Res., 60 (2021) 11535–11543.
  14. T.Yoshida, K.Ohie, Y.Tasaka “In situ measurement of instantaneous viscosity curve of fluids in a reserve tank” Ind. & Eng. Chem. Res., 61 (2022) 11579 – 11588.
図1 USRの基本構成.曲線は速度情報から算出された内部流体の瞬時変形状態
図2 アミラーゼによる分解を受けるお粥の粘度曲線とその時間変化
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